「あはははははははっ♪」
「きゃははははははっ♪」
前者は滅多に見ない龍治の馬鹿笑い声。
後者はつられて笑ってる真奈ちゃんの笑い声。
そして憮然としてる私と鏡子。
「…龍っち、騙したね?」
「え、嘘はついてないと思うけど?」
鏡子の問いにしれっと返す龍治。まあ確かにね。
龍治=カイヴァンが言ったのは「砦の方角」と「別の道の用途(推測)」だものね。
ムカつかないとは言わないけどね!
『私、冒険というのは初めてなので確信はないのですが…緊急時に使われるであろう脱出口が、この様に出口側から打ち付けられてるのは不自然ではないでしょうか?』
マナ姫の言葉に『私』は芯から凍りつく。
『ローデリック、止めてください!』
「しかし戦士の動きは止まらない。まるで周囲の声など届いてないかのようだ」
「マキ、【サイレンス】の呪文!」
「あああああ、そうだった!? 誰よ、そんなの使ったの!」
「まきちゃんたのしそ~♪」
リアルもゲームも阿鼻叫喚である。
『私』の制止の声も届かず、ローデリックが扉に最後の一撃を加える。
すると、扉は音もなくゆっくりと部屋の内側に向かって開いていき…
「君達の持つそれぞれの明かりが部屋の中を照らす…そこに映し出されたのは、正に「死の国」としか言い様のない光景だった」
龍治が満足げに語る。ちょっと? 私と鏡子はいいけど真奈ちゃんは…
「しのくに?」
「あー…お化けが一杯居るところかな?」
「「あ」」
止める間もない。
「や――!?」
叫びつつ私にしっかりとしがみつく真奈ちゃん。龍治、あんたねぇ…
「大丈夫大丈夫。お化けなんて、すーぐやっつけちゃうから♪」
真奈ちゃんに明るく声をかける鏡子と、抱っこして頭を撫でる私。
そして、何が不味かったのか理解して後頭部をかいてる龍治。
もう少し考えて発言しなさいよ…
『ディー君、あの石蹴飛ばして!』
『承知!』
アリシアに言われたディーンが、理解が追い付かず呆然としてるローデリックの隣に駆け寄り【サイレンス】の掛かった石を部屋の中へ蹴飛ばす。
『構えろ、来るぞ!?』
続けてローデリックに檄を飛ばし、自身も短剣を抜いて身構える。
更に続いて、パーティ全員が扉近くに集まる。
その結果光源が集まり、部屋の中がくっきりと見えてしまった…
元は厳かで、清浄だったのだろう。
しかし何時からか罪人を閉じ込め、朽ち果てさせる場所として使ってしまったのか、死の匂いのみが濃密になっている。
それに当てられ、先に葬られた死者達も絶望と怨差の呻きをあげる【不死者】として蘇ってしまったようだ。
結果、本来は砦に尽くした者達が埋葬される地下墓地は、死の国と見紛う場所と化していた。
「じゃあイニシアチブだね。と言ってもこっちはほとんどゾンビだから1で固定なんだけど」
…ほとんど?
「龍治、ってことはゾンビ以外も居るの?」
穿った聞き方だったかしら。でも聞いておきたいわよね?
「あ~…まあ多数のゾンビに隠れて見えないという事で」
多数!?
「ちょっと待って龍っち、敵はどんくらい居るの!?」
たまらず鏡子が聞く。
「えーと、20ちょっと…?」
「「また20!?」」
まったくこいつは本当に…それだけ出したらあんたも面倒でしょうに!
「…マキ、ゾンビって寝ないよね?」
「そうね。むしろ寝たがってるんじゃないかしら?」
はい、頼みの【スリープ】が消えました。
「というかアンデッド相手なんだから、私の出番よね。龍治、【不死者退散】ってどうやるんだったかしら?」
そういえば使うの初めてね。
「え~と、相手のレベルを難易度にして【2d10+神官レベル+【信仰心】修正値】で判定して、成功したら【2d6+神官レベル+【信仰心】修正値までのレベル数分のアンデッドを退散出来るね」
ん~…そうするとこの場合は、
「ゾンビは2レベルだから目標値は12。2d10+6だから、まあ大丈夫ね。で、2d6の期待値は…7?だから+6して13。2で割って…1ラウンドに6匹ずつ追い払えるってことね」
「マキ、なんでゾンビのレベル知ってんの?」
…あ、
「あ~…この間GMやった時にチラッとね?」
「あーずる~い」
「まきちゃん、ずる?」
う、真奈ちゃんまで責めてくる? 不可抗力、そう不可抗力だから!(わりと必死)
だがら龍治、そんな目で見ないでよ!?
『闇に囚われし者たちよ、光の神の名の元に立ち去りなさい!』
一歩前に出て、聖印を掲げ神の加護を願う『私』。
『私』の身体を通して放出される、光の神の力。その聖なる波動を浴びて【屍体】達は次々と後ろを振り返り逃げていく。
とはいえ、閉ざされた部屋の中だ。最終的には退治(物理的に)しなくてはいけないだろう。
しかし、いかんせん数が多い。『私』はしばらく【不死者退散】に掛かりきりになる。
長丁場を覚悟した『私』の目に、奇怪な姿が映った。
「逃げ惑うゾンビ達をかき分けるように、3つの姿が現れた。そのうち左右の2体はゾンビよりもはるかに生前の見た目を留めている。だが爛々と輝くその瞳と、鋭く伸びた爪と牙を見て、それを人と思う者はいないだろう。彼らは【食屍鬼】。憎悪の果てに、生者をもてあそぶ麻痺毒を備え持った死の尖兵である」
龍治の語りは続く。
「だが、その2体すらも霞む存在に、君達の目は釘付けとなった。それは見るからに上等な衣服を纏い、人としての姿をより濃く保っている。だが【食屍鬼】達よりも人とはかけ離れていた。その身から発散されている【闇】に、生きとし生ける者とは決定的な違いを感じざるを得ないからだ。彼は【収奪者】1人で村落を滅亡させることも出来る【死の領主】だ!」
「げっ、ワイト!?」
聞き終えた後、思わず声に出てしまった。
「真輝ちゃん…これも見たの?」
うっ…
「た、偶々よ! ざっと見たときに、これが印象強かったから…」
自分で使いたかったわけではない。決して。…信じて?
「まあまあ、司祭様かお姉ちゃんに教わってたんじゃない? で、どんな奴なの?」
むしろラッキーくらいの感じで聞いてくる鏡子。あ~…でもね?
「あのね? 攻撃されるとレベルが下がっちゃうの…」
「………はひ?」
鏡子の表情が固まる。
「え、すぐ治るんだよね?」
「治らないの…」
………
「下がってレベル0になると…?」
「ワイトになっちゃうの。あははは…」
あらゆる意味で寒い。
「「いやああああ!?」」
叫びつつ抱き合う私と鏡子。
「いーこ、いーこ」
そして慰めてくれる真奈ちゃん。何このカオス?
『くっ…!』
思わず声が出る。司祭様から聞いていた『私』達神官の宿敵【不死者】。その中でも特に注意すべき相手、それが【収奪者】だ。
『貴様が親玉か、食らえ!』
吠えつつローデリックが持っていた手斧を投げつける。だが…
「唸りを上げて飛んだ手斧がワイトの肩口に突き刺さる! だが、何の痛痒も感じていないようだ。ワイトは不気味に笑いながら手斧を抜き取り、あらぬ方へ投げ捨てる。次の瞬間には、もう肩に傷は残っていなかった」
「え、どういう事?」
鏡子が不思議がる。
「鏡子、前自分で言ってなかった?「モンスターによっては銀の武器が要る」って。こいつがそうなのよ…」
「えー!? 高くて銀の武器なんて買ってないよ、どうすんの!?」
銀の武器は普通の10倍もする。それに、物によっては完全オーダーメイドだ。ぱっと手に入る物ではない。
「シャインが銀の短剣を持ってるけど【不死者退散】で手一杯なのよね…それに敵が多過ぎるから、一人だけ持っててもしょうがないし」
袋叩きにされて終わり、よね?
「何とかもう少し敵の数を減らさないと…龍治、ちょっと出し過ぎじゃない?」
思わず愚痴ってしまう。
「そっちも8人居るからいいかなって…」
そりゃ確かにいつもより多いけど…ん、8人?
『叡智の神の名において命ずる。不死者たちよ、退け!』
聖印をかざしたマナ姫から『私』と同等レベルの波動が放射される。
『グギャアァァァ!?』
合わさった波動が【食屍鬼】と残った【屍体】を退ける。よし、残るは【収奪者】ただ一人!
「「おお~っ、真奈ちゃんありがと―!」」
賞賛の声と共に、二人して真奈ちゃんに抱き着く。
真奈ちゃんが「えいっ!」と振ったサイコロは、どっちも高め。余裕で敵を退散できる。
まあ離れてるゾンビがまだ少し残ってるけど、誤差の範囲よね。
「ふにゃ~♪」
私達に囲まれてご満悦の真奈ちゃん。う~ん、ずっと抱っこしていたい♪
「えーと、それで終わりかな? じゃあワイトの番…」
「待って龍っち。ねえマキ、これ使っていい?」
龍治を遮り鏡子が聞いてくる。…おお、これがあったわね!
『不浄なる者め、これでもくらえ!【魔力光弾】!』
普段からは想像できない、裂帛の気合を込めた声がカイヴァンから迸る!
「強く輝く光弾がワイトを打ち抜く。【魔術師呪文威力強化】により高められたその一撃は、さしものワイトも堪えたようだ。術者であるカイヴァンを憎悪の籠った眼で睨みつける!」
「お~、やっぱり魔法は効くんだね。あたしもレベル上がったら【マジック・ミサイル】取ろうかな~♪」
使った鏡子も楽しそう。…そうだ!
「ねぇ鏡子、戦闘の時はあんたがカイヴァン動かす? 魔術師でアリシアとやる事似てるし、私も楽だし」
「いいよ~♪ あたしも使える魔法増えて楽しいし!」
うむ、これぞウィンウィンね!
・
・
・
さて、状況はだいぶ改善したけど、まだ肝心のワイトが残ってる。
この後砦に突入する事も考えると、誰かが【生命力奪取】を食らった段階でこちらの敗北と言っていいだろう。
ワイトのレベルは4、HPは恐らく20前後。(怒られるから声には出さない)
【魔術師呪文威力強化】の【マジック・ミサイル】でダメージ8点だから、あと12点!
何か後一手…ん? そういえば、
「龍治? ちょっと聞きたいんだけど…」
残るは【収奪者】のみ、そして彼奴を傷つけられるのは『私』の銀の短剣だけ。
【不死者退散】はマナ姫に任せられる。そして『私』が【生命力奪取】されても、この後の砦の突入には差し支えないだろう。
『私』は覚悟を決め…
『借ります』
え? と思う間もなく、
疾風が走り、閃光が【闇】を切り裂いた。