泉の精霊

 神秘的、と言って良い場所だろう。

 街から徒歩で二時間という近い場所にありながら、人の手によって荒らされた形跡はなく、泉は清い水を湛えている。

 まばらに囲む木々の葉が、春の日差しにアクセントを付け、周囲に柔らかな雰囲気を与えている。

 ピクニックか何かで来ていたのなら、申し分の無い光景だったろう。

『誰もいないね』

 こういう雰囲気に慣れているからだろうか、アリシアが先に軽く口を開く。

『まずは泉を一周りしてみましょう。ここに来ていたのなら、何か痕跡があるはずです』

 ほどなく痕跡が見つかった。釣果を入れるためだろう、水の入った粗末なバケツと、様々な小道具を入れた、冒険者も御用達の背負袋バックパック

 

 ……ん?

「旦那さんは釣りに来たのよね? 釣竿は見当たらないの?」

 思わず声に出す。移動したんだろうか? でも、それなら荷物も持っていくわよね?

「泳いで取るとか? でもそれって、魚釣りじゃなくて魚取りっていうよね」

 鏡子も首を傾げながら言う。すると龍治が、

「君達がそうやって話しこんでいると、泉の水面が光り始めた。緊張に身構える君達の見つめる中、光の中から一人の女性が現れ、君達に声をかける」

 

『貴方が落としたのは、この金の釣竿ですか? それともこちらの銀の釣竿ですか?』

 

「「おお~~」」

 思わず鏡子と二人して声を出してしまった。なんと言うか、これぞファンタジーって感じ?

「あたし知ってる! これって普通の釣竿ですって言えば全部貰えるんだよね?」

 フッ、甘いわね鏡子。

「違うわ鏡子。そもそも私達は何も落として無いから、その答えだと誠実とは言えないわ。ここでの正解はこうよ!」

 

『いえ、泉の精霊よ。私達は何も落としていません。私達は、釣竿を落としたその人を探しに来たのです』

 この精霊は、恐らく人の善悪を計るために神から遣わされたのだろう。そして、神の試練は受けた本人が向き合うべきであり『私』達が口出しすることではない。

 静かに佇む精霊に『私』は言葉を続ける。

『街でその人の帰りを待つ方がいます。精霊よ、行き先を知っていたら教えてくれませんか?』

 

「こう言えば、きっと旦那さんの行方も教えてくれるし、印象が良ければ「なんて良き心の持ち主なのでしょう! ついでにこの金銀の釣竿も持っていきなさい!」と言ってくるかもしれないわ。あー、そこまで言われちゃ断るのも失礼よね」

「マキすごいね~、さすがは商人の神の神官だね♪」

「神官はシャインで、神は光の神よ! …で、龍治? 精霊の反応は?」

 期待を込めて話を振ると、龍治はしばしの間考えてから答える。

 

『嫌です』

 …へ?

『釣竿が落ちてきて、久しぶりに勤めを果たせると思ったら、その男は私のセリフを無視してフラフラと去っていったんです』

 精霊は、両の手に持つ釣竿を強く握り締めて続ける。

『あの時の私の虚しさがわかりますか!? 遠くから聞こえたカラスのアホーという声が、私に向けているものかと思いました!』

 目からハイライトを失いつつ、ブツブツとつぶやき続ける。

『だから嫌です。あんな男どうなろうと… むしろ泉に引きずり込んでやったほうが…』

 

「統合失調症か!」

 思わず素で突っ込む。

「マキ、昔だから精神分裂病じゃないかな」

 鏡子が私に突っ込む。豆知識か。

「中世は精神病っていう概念がないから、悪魔憑きとかじゃないかな?」

 龍治が更に突っ込む。言い方の問題じゃないわよ!

 なんとか精霊をなだめて話を聞くと、男性は西の方に歩いていったらしい。歌声のようなものも聞こえたそうだ。

『良ければ貴方達も試練を受けてみませんか?』

 去ろうとした『私』達に向けて精霊が言う。…問いの分かってる試練に意味があるんだろうか?

『あ! じゃあ、あたしやる♪』

 アリシアが答え、精霊が沈んだ後の水面に、財布から一枚の金貨を抜いて放り投げた。……ん?

『貴方が落としたのは、この金の金貨ですか? それともこちらの銀の金貨ですか?』

 ややこしいわね。

『普通の金貨だよ♪』

『そうですか』

 そう言って沈んでいく精霊。

 ………

『返しなさいよ!』

 スリング用の石を、精霊が出てくるまで投げ込んでやった。