追われていた者

 風を切る、という言葉自体はありふれているが、これほど実感したことはない。

『うわ~~、すごいね~~♪』

 すぐ後ろで騒ぐアリシアの言葉すらも、聞き取りづらい。

 正直、自分で操ってる気分など欠片もない。ただ手綱を持ちルルに身を任せてるだけだ。

 だが不安もない。何故ならルルが細心の注意を払って羽ばたいてるのが分かるからだ。

 

「例えるなら、この間乗ったジェットコースターかな?」

「あ~、しっかり体を固定してるから「怖いけど安全で楽しい」みたいな?」

 龍治の例えに鏡子が頷く。確かにあれは楽しかった。

 

 今『私』達は【イースト・エンド】のやや西に於いてルルの試乗をしていた。

 天馬用で、更にポニーサイズというのもあり、馬具の調達には時間がかかると思われたが、そこはお金の力と何より【ルル】自身によって賄われた。

 だってこの子、人の言葉が判るんだもの。馬具の調整が早いこと早いこと…

 

「ぺがさすってなーに?」

「あー…羽の生えたお馬さんね。今ゲームの中で私…シャインと鏡子、アリシアが二人乗りしてる所なの」

 こういうの、と言いつつGMハンドブックのイラストを見せると、真奈ちゃんは目を輝かせ、

「まなものりたい!」

 と元気よく答える。う~ん…

「まだゲームで真奈ちゃんと会ってないから…ちょっと待ってね? 龍治、真奈ちゃんはいつ出るの?」

 しょぼんとさせないように言葉を選びつつ、龍治に話を振る。

「じゃあシャインとアリシアは【知覚判定】をしてください」

 【知覚判定】…何かに気づくかどうかってことよね。(コロコロ)う、1と2…

「(コロコロ)あ、2と2…」

 二人のサイコロの目を確認した龍治は、しばし沈黙した後、遠い目をして言った。

「空の旅はとても気持ちいいものでした。では、これにてシナリオ終…」

「待ちなさい龍治!?」

「待って、龍っち!?」

 二人で慌てて止める。ていうか、そんな重要な判定だったの!?

「でも、二人とも気付かなかったんじゃ、どうしようも…」

 困った顔で言う龍治。ええぃ、相変わらず融通のきかない…そうだ!

「ルルの分も振っていいでしょ!? 人間並みに頭いいんだし!」

「あ、そうだね。じゃあどうぞ」

 と言ってサイコロを差し出す龍治。ぐ…い、今の流れで振るのは勇気が…

「じゃあ、真奈ちゃん振ってみる?」

 と言って真奈ちゃんにサイコロを見せる鏡子。…実はあんたも振る勇気ないんじゃない?

「ふりゅ!」

 よく分かってなさそうだけど、元気一杯に答える真奈ちゃん。

「えい!」

 と、元気よく振ったサイコロの目は…

 

『ひゃっ?』

『キャッ?』

 二人の悲鳴が同時に響く。何故なら【ルル】が急に向きを変え、猛スピードで駆け出したのだ。

『ちょ、ちょっとルル!? 何が…』

『待ってシャイン、あそこ!』

 エルフの視力故か、アリシアには分かったらしい。言われるまま目を向けると街道を一台の馬車が【イースト・エンド】に向けて駆けているのが見えた。そして、それを追いかけている連中がいるのも!

『…そういうことですか、行きなさいルル!』

 状況を理解し、ルルに発破をかける。

 意を汲まれて嬉しいのか、ルルが嘶く。【私】の目の前で非道を行うなど、許しません!

(振り切れんな…私一人ならどうにでもなるが【姫】を危険に晒すわけにはいかん。どうしたものか…)

 馬車を操りつつ思考してると、前方の上空から何かが羽ばたく音が聞こえた。

(モンスターか? 最早迎え撃つしか…いや、違う!)

 音は頭上を通り過ぎ、襲撃者の方に向かう。そしてドゴッという大きな音の後に、良く通る声が周辺に響いた。

『そこまでです! 【私】は光の神の神官戦士シャイン、これ以上の狼藉は許しません!』

 名乗りの中に覚えのある単語を聞き、私は色々な意味で神に感謝した。

 

「これってもし違ってたらシャインが犯罪者にならない?」

「怖いこと言わない! ま、まあ大丈夫よ、突撃したのはルルだし…」

「ルルがそれを聞いたらこっちを二度見しそうだね…」

 

 馬車が離れていくのを確認し、改めて周囲を見回す。

 馬に乗り、皮鎧に短剣持ち…山賊バンデット? 数は1、2…

 

「龍治、相手は何人?」

 まあシナリオ序盤だし、それほど多くは…

「え-と(コロコロコロ)あ、多い。20人だね。1人蹴り飛ばしたから19人かな?」

「「ブフッ」」

 二人で吹き出す。誰よ、そんな大群に見境なく突っ込んだのは!?(←飼い主)

 

『で、嬢ちゃん達。何を許さねえって?』

 余裕しゃくしゃくという感じで近寄ってくる山賊。くっ…

 

「じゃあイニシアチブだね。人数多いからこっちはまとめちゃうね(コロコロ)あ、1だって。そっちからどうぞ」

「「………」」

 言葉が出ない。どうしよう、戦う? 勝てる? 19人相手に!?

「マキ…ここはもうこれしかないよね?」

 鏡子? この状況で何か手があるの?

 

 じりじりとイヤらしい目付きで近寄ってくる山賊達。

 思わず身構えた『私』の背後から、ボソボソと声が聞こえた。これは…!

『【スリープ】! ルル、飛んで!』

 バタバタと倒れていく山賊達と、急に持ち上がる視界。確かに、ここは逃げの一手ね!

『き、今日はこのくらいにしておいてあげるわ!』

『『何しに来たんだてめ―ら!?』』

 思わず出た捨て台詞と、眠らなかった山賊達のツッコミが街道に響き渡った。

 

「あ~~【スリープ】憶えといて良かった~…」

「助かったわ鏡子、レベルアップ様様ね…」

 テーブルにつっ伏す鏡子と私。

「ねー、まなはー?」

 言いつつ私の服を引っ張る真奈ちゃん。ごめんね? でも私の予想通りだと…

 考えつつ龍治を見る。すると龍治は心得た様に、

「しばらく飛び、襲われていた馬車に追いつくと…」

 街道をしばらく飛び進むと、件の馬車が【イースト・エンド】に程近い所で停車していた。ここなら山賊達も追って来ないわね。

 ルルを馬車から少し離れたところに降り立たせ、改めて歩み寄る。

 すると御者を務めていた【ハーフリング】の男性が、経緯を把握しているような口ぶりで馬車の中に向かって声をかけた。

『【姫】、彼女らの活躍により我らは助かりました。どうかお声を…』

 馬車の扉が表に開かれ、出てきたその姿に【私】は息を呑み…

『まあ、ご助勢有難く存じます。お怪我は御座いませんか?』

 続いて発せられた彼女の言葉は【私】の耳にほとんど入らなかった。