差し出されたGMハンドブックから、龍治の脇に積み上げてあるサプリメントに私の視線が自然と移る。え、あれ全部読めってこと…?
私の視線に気づいたのか、龍治が慌てて手を振る。
「違うよ!? あっちは読まなくていいから! こっち、この一冊だけでいいから!」
と言って改めて赤のGMハンドブックを差し出す。よかった、一冊だけならなんとか。
「そ、そう。この一冊だけね。…あーびっくりした」
まあ龍治には無理言っちゃってるし、一回やってみてもいいかな?
「わかったわ。えーと、何からすればいいのかしら?」
「キャラ作成かな? シナリオにも関係してくるし」
確かに。主人公無しでお話は作れないわよね。
「じゃあ種族から…というか龍治、何かやりたいキャラとかあるの?」
と聞くと、龍治は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、緑のプレイヤーズガイドを取り出す。ん? なんで上級ルール?
「これ! これがやりたいんだ!」
ページを捲り、そう言って指差した先にはこんな文章が載っていた。
・黒騎士(もしくは闇騎士)
光に背き、闇の神に忠誠を誓った騎士。魔族や不死者を率いて人の世に仇をなす。戦士でありながら闇の神から呪文を授かり神官と同等に使いこなす。また、聖騎士が聖なる武具を扱えるように、黒騎士は呪われた武具を自在に使うことができる。
うん、読んで一言。
「…龍治、あんた人に厨二とか言っておいて、何よこれは」
「え? 別に厨二を責めた覚えはないけど」
あれは誉め言葉だったのか…?
「しかも最初から上級職って、欲張りすぎじゃないの? もっと控えめにしなさいよ」
「う、でもこんな機会めったに無さそうだし…次がいつか分からないんじゃ、ちゃんと希望を言っておいた方がいいかなと…」
ああ、私と鏡子が揃ってる時は龍治がGMやるんじゃ、なかなか回ってこないわね。納得。
「確かにね。よし、GMとして認めましょう! あんたのキャラは黒騎士よ!」
「真輝ちゃん、ありがとう!」
喜ぶ龍治、なんか微笑ましい。というか許可を出すってなんか気持ちいいわね♪
「で、基本の職業でキャラ作りする時と何か違いはあるの?」
「うん。まずは……」
・
・
・
黒騎士概要
・必要能力値:【筋力】14、【信仰心】12、【魅力】14
・HP:レベル毎に1d10+【耐久力】修正値
・攻撃力:戦士と同等
・呪文能力:神官と同等
・【神官呪文】とは別に【ダークプロテクション】使用可、1日にレベル回
・【不死者服従】:不死者を退散させる代わりに服従させる。
・基本経験点:4000
見れば見るほど厨二というか何というか、ていうか基本経験点4000点て何よ? 成長できるの?
「…龍治、一応聞いておくけど本当にこれでいいの? 後悔しない?」
「うん!」
瞳が眩しい。
「…OK。じゃあ、順序違っちゃったけど種族を決めましょう。どれにする?」
「え~と、とりあえず人間で」
とりあえず?
「なにそれ、人間嫌なの?」
はたから聞いてると、危ない会話みたいね。
「いや、他に黒騎士に似合いそうな種族が無くって…」
う~ん、エルフ…ドワーフ…ハーフリング、確かに似合わないわね。精々エルフくらい? でもエルフに騎士とか貴族って考えあるのかしら? あれって封建制とか君主制の、いわゆる人間の国の考えよね?
「そうね、じゃあ人間ということで。【能力値】のサイコロは振る? それとも自分に合わせる?」
「ん~…黒騎士として必要な分はルールに合わせて、他は自分に似せようかと」
なるほど。そうすればキャラが自分の延長みたいに感じられるかしらね。…まあ【筋力】14と【魅力】14なんてクラスに一人居るか居ないかよね。運動部のエースみたいな? はいそこ! お前の【魅力】18の方が…とか突っ込まない!
・
・
・
必要な分を除いた【能力値】は【知力】と【敏捷性】と【耐久力】。サクサク決めていきますか。
「まず【知力】ね、あんた頭は良い方よね? 成績は少し偏ってるけど」
ちょっと(?)融通が利かないところが難点だろうか。
「好きな科目…数学とか物理は勉強も身が入るんだけどね…」
あれね。答えがキッチリ出るのはいいけど、ニュアンスとか言い回しで変化するものは苦手と。
「トータルで見れば私や鏡子と同じくらいなんだから、12にしておく?」
「ちょっと心苦しいけど、それでお願いします」
うん、頑張れ。
・
・
・
「【敏捷性】…あんた頭固いけど手先は器用よね」
「僕としては普通だと思うんだけど…」
ほう、つまり私が平均以下だと。そうだけどね!(自虐)
「えーと、別に足が速いわけでもないので、10でお願いします」
うむ、承った。余りこの話を続けると、私にダメージが来るからここで終わり!
・
・
・
「【耐久力】かぁ…ちょっと迷うわよねぇ。鏡子の時は楽だったけど」
「あ、僕この間お父さんに付き合ってビール飲んだよ」
悪い子はっけーん! ん? この場合悪い親か?
「へ~。で、どうだったの? 味は? 酔った?」
「苦かったね。缶一本を少しずつ飲んで、その後ボーっとしてたかな?」
「どこまでも普通ね…じゃあ、これも10でいい?」
しかたない、他に判断基準がないのだ。今度やる持久走の記録でも参考にしようかしら? でもあれって真面目にやる子とそうでない子の差が激しいのよねぇ…
・
・
・
サイコロを握って祈る龍治を見て、私から一言。
「どう? やっぱり祈りたくなるでしょ」
「うん、一発勝負だと思うと祈りたくなるね」
サイコロの神様って、本当に居たら信者多そうよね。
「ていっ(コロコロ)4。よん? …4かぁ」
「あらら、平均が5~6だからちょっと低いわね。どうする? 振りなおす?」
騎士でHP低いのって可哀想よね。一回なら振り直しても…
「うーん、うーん…いいよ、これでいくよ! ルールはちゃんと守らなくちゃね」
おお、さすが龍治。変な所で漢らしい。
「その意気やよし! じゃあ次は…」
所持金ね、と続けようとした所で、階下から声が響いた。
「龍くーん? お母さんが迎えに来たわよー」
おや、珍しい。と思いつつ龍治を見ると、
「そうだ! 今日の夕飯は三人で外に食べに行く予定だったんだ! ごめん真輝ちゃん、あとは適当に考えておいて!?」
そう言って荷物を持って、階段を駆け下りていく龍治。
え? 適当って、所持金も名前も決まってないのに? それに黒騎士って普通敵役よね? 光の神官のシャインと会ったら戦いになっちゃうんじゃないの!?
部屋に残された私は、しばらく呆然としたのであった。