生死の境を越える者(越えた方が良いとは言ってない)

『司祭様! どうか、どうかお願いします!』

 神殿の一室に悲痛な声が響く。

 今『私』の目の前では、品の良い老婦人が「生死の境を越える者」オリバー大司祭に縋り付いている。

 遠く、西の王都から遥々やって来たというこの老婦人は、藁にもすがる思いでこの「イーストエンド」にたどり着いたのだ。

 …そう。

 死者を生き返らせて欲しい、と。

 平日の昼休み、私と鏡子は机を向かい合わせにしてお弁当を食べていた。

「そういえば鏡子、先週の用事って結局何だったの?」

 食べながらつい聞いてしまった。すると鏡子はちょっと言いづらそうに、

「あ~、うん。ひいお婆ちゃんが亡くなっちゃってね」

「あら…ご愁傷さま」

 というか、他に何て言ったら良いか分からない。

「いいよいいよ、もう100才近かったし、寿命ってことで」

 軽く言いつつ、少し寂しそうなのがなんとも…

「それこそゲームだったら生き返せるんだろうけどねぇ。…でも怪我とかで死んだらともかく、寿命で亡くなった人ってどうなんだろ?」

「どうなのかしらね…」

 二人して考えたので、しばし箸が止まってしまった。

「…ってことで龍っち、その辺どうなの?」

 休日前の私の部屋、ゲームの準備をしながら思い返した話を、龍治に尋ねる鏡子。

 ちなみに何故「週末」ではなく「休日前」と言ったのか、それは明日からゴールデンウィークだからである。 

「う~ん、漠然と考えてはいたけど、こういうのでどうかな?」

 ほう、一応考えていたらしい。まずは聞いてみましょうか。

 

『お話は伺いました。御遺体とともに、奥の部屋へどうぞ』

 そう言って司祭様とシスター、老婦人と遺体を入れた棺桶が奥に運ばれていく。

 今まで何度もこうやって遺体は運ばれていった。

 …だが『私』は知っている。

 今まで誰一人として生き返って出て来た人は居ないのだ、と。

 

「ふ~ん、やっぱり寿命ってこと?」

 鏡子が少し残念そうに言う。まあゲームでさらにファンタジーなのに夢が無いかしら。

「それも有るけど【死者蘇生】よりもこっちの方が良いかなって」

 へ? 何か他にあるの?

 

『シャイン、そなたも来なさい。正式に【神官】となったのなら、知っても良いだろう』

『は、はい!』

 驚いた。今まで『私』は蚊帳の外だったのに。

 …正直興味はある。だが、興味本位で聞いてはいけないと言うのも分かっている。

 今まで司祭様は、死者達にどう向かい合っていたのか…

 光の神の祭壇、その手前に遺体の入った棺桶が置かれている。

 遺体の前で跪く老婦人、そして祭壇を背に立つ司祭様は、

『それでは、始めます』

 と言って朗々と祈りの声を上げ始める。

 え? 司祭様、まさか蘇生するのですか!? じゃあこれまでの人達はどうして…まさかお金の差とか!?

 表には出さないが、内心慌てふためく『私』。

 だが祈りの言葉を聴くにつれ、落ち着いてくる。何故ならこの呪文、いえ『奇跡』は…

『ああ、あなた!』

『久しぶりだね、我が妻よ』

 遺体の上に立つ薄っすらと透けた体、だが遺体とは違い青年なのは、この姿が全盛期と言うことなのだろう。

 感極まって話しかける老婦人と、それに優しく答える青年。そしてそれを労わる様に見つめる司祭様とシスター。

 ようやく分かった。なぜ司祭様の二つ名が「死者を蘇らす者」ではなく「生死の境を越える者」なのかが。

 司祭様が使った呪文は第三位階に名を連ねる【コーリング】と言う、死者の魂を呼び出すものだ。

 冒険者の視点では「冒険中に見かけた死体に掛けて、何かヒントを得る」くらいのものだが、よくよく考えればこちらの方が正しい使い方なのだろう。

 人生と言う旅の途中で、死に別れた愛しい人との再会。これに勝る感動が他にあるだろうか?

 だが、誰にでも得られるものではない。

 まず第三位階と言うこと。

 この位階を扱えると言うことは、相当の実力者と言うことだ。

 そして、冒険者と言う視点では役に立たない・・・・・・と言うこと。

 『私』は聞いた限りだが、第三位階の神官呪文は使いでの有る物ばかりだ。正直、この呪文を覚えるのは後回しになるだろう。

 必然的に、司祭様かそれに順ずる実力の持ち主でないといけなくなる。

 『私』が覚え、扱う日は来るだろうか…

 

「なるほどね~、ただ単に生き返せる、返せないってよりもこっちの方が説得力あるかな。うん、龍っち。あたしはこれで良いと思うよ?」

 納得した様子の鏡子。私も同感だ。

「確かにね。ゲームとしては違うんだろうけど、ファンタジーとしてならこっちが良いわね」

 私たちがそう言うと、龍治はちょっと照れた様子で、

「ありがとう、じゃあ続けるね」

 ん? まだあんの?

 

 夫婦の話は続く、だがその殆どは夫の「ありがとう」か「すまない」で片が付いている。そうする内に、感極まっていた老婦人もすっかり落ち着いたようだ。

『では我が妻よ、そろそろ…』

 夫が再びの別れを切り出そうとした時、

『あ、そうそう貴方。先日「貴方の子供です、認知して相続権を下さい」って言う子連れの女が来たんだけど♪』

 老婦人の声に、空気が音を立てて止まった気がした。

『え、あ、うん、まあ、じゃ、そういうことで…』

 肉体を失っても冷や汗はかくということを知った。

『君がこっちに来るのを楽しみに待ってるよ、それじゃ!』

 といって消えていく夫。ちょっと! この空気の責任取りなさいよ!

 …しばしの時が流れ、老婦人はフンッと気合を入れると、

『こちらお布施です。…フフッ、負けるもんですか!』

 と言ってシスターに袋を渡し、召使いを連れて意気軒昂に去っていく老婦人。

 呆然とする『私』に司祭様は達観した様子で声を掛ける。

『シャイン、今までそなたに秘密にしていた理由が分かってくれたかな?』

 子供の精神衛生上良くないからですね、わかります!

 

「感動をぶち壊すんじゃない!」

「龍っち、何でオチつけたの!?」

「人生色々あるかなって…」