「知る」ということ

 魔術師の塔の最上階で、塔の持ち主の声が朗々と響く。

 その対面で、右手に嵌めた指輪を差し出す『私』。

 以前にもあった光景だが、あの時とは流れる魔力の質と量が違いすぎる。

 それはそうだろう、今ルシア師が唱えているのは第五位階の呪文【ロア】正式名称【伝承解明レジェンド・ロア】なのだから。

 第五位階の呪文というのが、どれだけのものなのか。説明が必要かしらね。『私』もそんなに詳しくはないんだけど。

 術者がイメージできれば、どこにでも行ける【瞬間移動テレポート】? それともどんな幻影でも解呪してしまう【真実看破トゥルー・サイト】かしら?

 …う~ん、いまいち凄さを伝えきれないわね。何か良い例えは…あ、そうだ。【神官呪文】だから厳密には違うけど、良いのがあったわ。

 第五位階神官呪文【死者蘇生レイズ・デッド】が、ね…

 

「そう考えるととんでもないわね。一回250万円って言うのが安く思えてきたわ」

 思わず言葉が出る。現実で死者を蘇らせるなんて出来ないけど、もし出来たら値段なんか付けられるのかしら?

「そうだね。現実だと大きな大学病院で、その道の権威と言われる医者達が集まって、集中治療室を借り切って一人の末期患者を徹底治療する様なものかな? その場合もう1~2桁金額上がりそうだけど」

「はえ~…それじゃあ余程のお金持ちじゃないと、助かっても生きていけないね。いいんだか悪いんだか…」

 鏡子の言葉に三人とも考え込む。難しい問題ね…

 魔力の奔流ほんりゅうが収まり、ルシア師が口を開く。

『これは【アーティファクト】ね』

『【アーティファクト】!?』

 言った本人は澄ました声だが、言われた『私』からは変な声が出てしまった。

 【アーティファクト】、直訳すれば工芸品だが、魔術が絡むとその上に言葉が一つ付け加えられる。

 神々の、と言う言葉が…

 絶句する『私』に対して、ルシア師が軽く言葉をかける。

『そこまで驚くほどじゃないわ。刻んである紋章は明らかに光の神のもので、闇の力は全く感じられないし。歴史的に見て、この手のアイテムはちょくちょく登場しているわよ?』

『そ、そういわれても…』

 それでも口篭もる『私』に、師は楽しげに言葉を続ける。

『大体は、神が自分のしもべに助力…あるいは試練として与える物ね。大事になさい?』

 

 現実では私が絶句していた。…とりあえず元凶を問い質すとしよう。

「龍治…アーティファクトってサイコロで出てくるものなの?」

 私はしっかり覚えている、この指輪はサイコロで出た物だって。

「出ないよ?」

 それに対する答えがこれだ、わけが分からない。

「その指輪って、まだ【トゥルー・ライト】しか使ってないよね。だからバランスを取るためにアーティファクトにしたんだ」

「龍っち、バランスって?」

 鏡子が不思議そうに聞いてくる。私にも何のことだか…

「もうちょっと話を続ければ分かるよ」

 龍治の言葉に、不安ながら従うことにした。

『へ~、凄いんだ。売ると幾らになるの? お姉ちゃん』

 脇で見ていたアリシアが、こっちも気軽に聞いている。全くこのエルフ姉妹は…今の話の流れでどうやったら売るって言う事に…

『値段なんて付けられないわよ。でもそうねぇ…無理やり付けるとしたら、金貨で50万枚ってところかしら?』

『『ごっ…!?』』

 

 今度は二人で絶句した。

「「50万!?」」

 私と鏡子の声が重なる。

「うん、日本円に直すと50億円だね。買える人居るのかな?」

 龍治が首を傾げる。余りにも高すぎて想像できない。いや、世界には買える人がどこかに居るんだろうけど。

「は~…あ、マキ? これ税金どうすんの?」

 鏡子の言葉に、私の血の気が引く。50億の25%…いや35%って…17億5千万円!? どうやって払えっていうの!?

「ああ、税金は考えなくていいよ。公庫に入れられても、お釣り払えないし」

 理由が非道い。

「流れ的には、ルシアから領主と司祭に知らされるだけで、聞かなかったことにするんじゃないかな? …下手に騒ぐと街が滅ぶ金額だからね」

 そんな物が右手の中指に嵌ってる…考えただけで何か色々重くなってきた気がする、現実には無いのに!

『他にまだ鑑定したい物はある? まだ呪文の効果はあるけれど』

『あたしは特にないかな。シャインはどう?』

 色々重くて沈んでる『私』に、アリシアが話を振ってくる。…あ、そういえば、

『ではルシア師、ついでと言っては何ですが、これもお願いします。竜王から戴いたんですが…』

 と言いつつ、神官衣の内側に入れてあったペンダントを出す。

『……え?』

 それを見た瞬間、師の顔が引き攣ったように見えた。

 『私』の名はルシア。世間では「全てを知る者」なんて言われてるけど、とんでもない。世界というのは、知れば知るほど新たな謎が出てくる。まあ、だから面白いというのだけれど。

 魔術師として里を出て、元気な人間の少年に付き合って十数年。釣られて魔術の力量も上がっちゃった『私』は、冒険で見つけた一つの呪文【伝承解明】をとても気に入っていたわ。

 この呪文は大量の魔力を消費するけど、それに見合った効果を『私』に与えてくれる。見たアイテムの「全て」を知ることが出来るのだ。

 そのアイテムの性能や魔力の強さ、呪いの有無に市場でのおおよその価値、そんな程度は当たり前。

 魔剣を見たなら、それまでの持ち主がどんな想いでそれを振るい、どんな最期を迎えたのか。その魔剣を鍛えた鍛冶師が、何を願ってそれを作ったのか。

 ゆっくりと流れる時間の中で、それらを全て観ることが出来る。その魔剣が、この世にどんな伝承サーガで語られていたとしても、それら全てを上回る圧倒的なリアリティと共に。

 先に見た指輪は良かった。あれは純粋な神の加護だ。それを得た信徒が、様々な苦難を乗り越える為の手助けになれば、という想いで作られた光の神からの贈り物。

 見ると胸が温まる、こども向けの絵本を読んだ後のような感覚。だから気が抜けていたのだろうか、続けてシャインが差し出したペンダントを見た。

 見てしまった・・・・・・

 七色に輝くオーブを、竜の爪が掴んでいる様にあしらったペンダント。

 虹の色? 違う。白、黒、青、緑、赤、黄金、白銀の七色の虹なんて存在しない。

 何の色? 簡単だ、この七色で知られてる存在なんてドラゴンだけだ。

 ではこれは、竜を従えると言う伝説の竜宝珠ドラゴン・オーブ? でも伝承ではそれぞれ単色のはずだ、七色全てなんて有り得ない。

 単色の竜宝珠でも上級グレイターの【アーティファクト】だ。神が戯れに作った下級マイナーや、さっきの指輪の様な中級レッサーよりも遥かに上。

 ……あれ? じゃあこれはひょっとして、竜宝珠が全て合わさった状態? 全ての竜種を従える、上級をも超えた超級メジャーの……

 そう考えつつ、意識を改めてオーブに向ける。想像通りなら、これにはどんな伝承が…

『そこまでにしておけ、小娘』

『ひっ!?』

 オーブの奥、世界の向こう側に存在する、大いなる者達からの声が聞こえた。 

『お姉ちゃん! どうしたの!?』

『ルシア師!? しっかりしてください!』

 二人で師に声をかけ、体を揺する。すると、大汗をかいた師の目の焦点が、次第に合ってゆく。

『え…あ、二人とも…うん、大丈夫。うん、うん、大丈夫…よね? 私』

 聞かれても困る。

『ほんとに大丈夫? それで、ペンダントはどうだったの?』

 とアリシアに問われると、ルシア師は『私』から目を逸らして言った。

『あ~…うん、これは魔法のペンダントよ♪』

『あんたもか!』

 師に向かって、思わず突っ込んでしまった。

「…龍治、説明」

「一言で言うと、ドラゴン○ールが全部揃った状態?」

 あー、なんて分かりやすいのかしら(棒)

「ってことは、どんな願いでも叶うの? マキ凄いじゃん♪」

 鏡子が喜ぶ。そんな単純かしらねぇ…

「叶うよー(棒)」

 嫌な予感しかしない。

「お金が欲しいっていったら、ドサッと降ってくる♪?」

「竜王達が、他にお金を持ってる存在を皆殺しにします」

「……へ?」

 ほら、やっぱり。

「シャインが「背が高くなりたい」って言ったら?」

「シャインより背が高い存在を、竜王達が皆殺しにします」

「わーい、世界で一番背が高くなっちゃったー(棒)」

 我ながら、感想に力が入らない。

「あ、もちろん竜王達は除くね」

「わかってるわよ!」

 一々突っ込ませないでくれる?

「そういう叶え方かぁ…マキ、これ売っちゃう?」

 答える気力も出ない。なので龍治に視線を向ける。

「世界の値段って誰か答えられる?」

 そんな所でしょうね。あーバランスの意味が分かった。ペンダントが凄すぎるから、指輪もアーティファクトにしたのね。あははー

 ハァ、と二人でため息をつくと、時計が目に入った。あら、もういい時間ね。

「今日はここまでにしましょ。後のことは…後で考えるとして」

 頑張れ、未来の私。 

 三人で片付けてると、龍治が手を止めて言った。

「そうだ真輝ちゃん。シャインが死ぬと世界が滅ぶから、気を付けてね?」

「何を! どう! 気をつけろっていうのよ!!」

 残った気力を全て振り絞ってツッコンだ。