「…龍治、これってどういう事?」
訳が分からない。戦うにしろ交渉するにしろ、ハーピー3人と言うのは、シャイン達1~2レベルのパーティからしたら妥当か、ちょっと厳しいくらいだと思う。
なのに、いきなり数がどっと増えた。ざっと数えて30以上? うん、もう一度言うけど、訳が分からない。
「うん、説明するね。まずは、これを見てほしいんだけど」
と言って、GMハンドブックを開いてこっちに見せる。
「ちょっと! それってプレイヤーが見ちゃいけないんじゃないの?」
「普通はそうなんだけどね。説明するのに必要なんだ」
と言って、ページの一か所を指し示す。そこにはハーピーのデータが書かれていて、その中の更に一部分を龍治は指差していた。そこには
出現数:1~6(2~8)
と書いてあった。
「龍っち? 出現数は分かるけど、何で二つあるの?」
鏡子も覗きこんで聞いてくる。
「うん。左の1~6はダンジョン用で、右の2~8っていうのは屋外の時に使うんだ」
ほうほう、ダンジョンと外では出る数が違うのか。モンスターにもインドア派とアウトドア派が居るってことかしら?
「僕、今回はダンジョンと思ってシナリオ作ったんだけど、さっき鏡子ちゃんが【棲みか】って言ったじゃない?」
「言った…かな? あんまり気にしてなかったんだけど…」
鏡子が自信なさげに答える。
「そこで気がついたんだ。経緯を考えると、この館はダンジョンじゃなくて、ハーピー達の屋外の【棲みか】だって!」
龍治が力説する。でも、聞いてても良く分からない。
「えっと、つまりこういう事? ダンジョンじゃなくて屋外だから出現数が変わった、と。でも何でこんなに多くなったの?」
そりゃ、1~6より2~8の方が若干多くなるだろうけど、30になったりはしまい。
「うん。次はこっちを見て」
と言ってページを数枚めくる。そこには【モンスター概要】と書いてあり、各欄に対する説明が載っていた。そこの【出現数】と言う項目には…
「「かっこ内は屋外の数だが、屋外の【棲みか】の場合、この数を五倍にするのが適当である」………ごばい?」
言いつつ言葉が理解できない私に、龍治がとどめを刺す。
「2~8と言う事は4面体のサイコロ2個で、振ったら7。5をかけて35! これがこの館に住みついたハーピー一族の全容だよ! いや~自分でも設定と数が合わないなと思ってたけど、これならリアリティあるよね?」
何やら満足げに話す龍治。憮然として俯いている私に代わって、鏡子が口を開く。
「龍っち? その…35人? のハーピーに対して、うちらにどうしろって言うの? 勝て…ないよね?」
「……あ!?」
…こいつは全く!!
・
・
・
『お嬢、これって領主案件じゃねぇっすか?』
後ろに居たディーンが『私』に耳打ちする。確かにその通りだ、もはや一冒険者パーティがどうこうする事態ではない。
『私』自身にハーピーに対する知識が有る訳ではないが、翼竜や巨人と渡り合う強さ(数の優位が有ったとしても)と、自由に空を舞う翼に、相手の精神を乱す歌。それらを持ってすれば【イーストエンド】の兵士全員を相手に渡り合えるかもしれない。もはや退治するには“剣を極めし者”領主ログナー率いる勇者パーティの力が必要だ。…それにしたって無傷で済むとは思えないが。
たじろぐ『私』に向かってハーピーの長がフッと笑う。だがその時、意外な声が響いた。
『なーに~?』
『おきゃくさま~?』
『あそぶ~』
視線を向けると、二階の開いたドアから小さなハーピーの子供達が、危なっかしい飛び方でよたよた飛んできた。…わ、わわ、墜ちる!? 危ない!?
『こ、これ! お前達は部屋に行っておれ!』
長が慌てて言うと、近くのハーピー達が、子供達をそれぞれ抱きかかえてさがっていく。あーびっくりした。
「全員成人なのもおかしいかなと思って、一割は子供にしてみました」
「…龍っち、変な所で気が利くってよく言われない?」
鏡子、さっきから代わりに言ってくれてありがと。
『さ、さあ! これで我らとの力の差が分かったであろう、大人しく降伏するがいい。…そうさな、その男達を置いて行けば女共は見逃してやろう』
ゴブリンも似たような事を言ってた気がするが、モンスターは人間を(色々な意味で)食う気しかないんだろうか?
『私』が返答に困って黙っていると、不意に後ろから声が響いた。
『…それじゃ、ダメだよ!』
声の主、アリシアは『私』達を掻き分け前に出ると、懸命に言葉を紡ぐ。
『安心して暮らしたいんでしょ? それなら仲良くしなくちゃ…相手の大切にしている人を奪っちゃ、ダメなんだよ!』
『くっ、綺麗事を…では我らにどうしろというのだ!? 戦い以外に、どうやって人間達に我らを受け入れさせると?』
『それは…歌!』
『歌?』
「鏡子、なんで歌なの?」
思わず突っ込む。向かいで龍治もコクコク頷いている。
「…なんか勢いで言っちゃった。戦っても勝てないし、向こうが飛べるなら逃げるのも無理そうだから、ダメかな?」
どうしたものか、と龍治に視線を向ける。すると…
『貴方達の歌は聴いたよ。とても綺麗な歌声なのに、人をさらう為なんて良くないよ! そうじゃなくて、聴く相手の幸せを思って歌えば、きっと受け入れてくれる!』
『…だが、我らは戦い、生き延びる為の歌しか知らん。そなたも歌い手というなら、その幸せの歌とやらを、我らに示してみせよ!』
「じゃあ歌で勝負と言う事で。アリシアが勝ったらハーピー達と講和で、負けたらローデリック達3人が奴隷かな?」
涼しい顔で重たい事をサラッと言ってくれるわね…
「う~~、プレッシャーかかるぅ。龍っち、どうやるの?」
「【吟遊詩人】レベル+【魅力】修正値+2d10で【難易度】+10の【目標値】以上がでればOKだね」
それを聞いて、鏡子がキャラクターシートをじっと見る。
「えっと【吟遊詩人】が1レベルで【魅力】17だから+3して4になって……龍っち、【難易度】はいくつ?」
「【難易度】は基本的にモンスターのレベルだから、3かな」
聞くと、鏡子は指折り計算する。
「じゃあ【目標値】? は13だよね? 4にこの10面サイコロ2個を足すんだから…13-4で9以上出ればいいの?」
「大丈夫よ鏡子。2d10の平均は11だから、9以上ならきっと出るわ」
私が励ますと、鏡子はちょっと安心したように微笑み
「そっか、なら気楽に…って、龍っちが黙ってるのが怖いんだけど…」
確かに。こいつが黙って考え事してる時は、ろくな事が無い!
「……二人とも、ちょっといいかな?」
嫌な予感しかしないけど、とりあえず聞くしかない。
「…なによ」
「ハーピー一族35人を束ねる長が、普通のハーピーとレベルが同じって、おかしくない?」
ぐっ…
「…そ、そうかもね。中世だし? リーダーは強いのが当然かもね」
まずい、フォローが出来ない。
「だよね。だから、このハーピーの長は5レベルってことで。名前もハーピークィーンにしようか」
「え? じゃあ【目標値】は15になるの!? う~~、龍っち? 後からそういう風に付け足すのって、女の子にもてないよ? てやっ(コロコロ)」
と言ってサイコロを振る鏡子。全く同感である。
転がった二個のサイコロは、3と7を表にして止まる。……10?
「…………」
「…………」
「…………」
…どうするのよ、この空気。