竜と『私』

 違う世界、というのは少々語弊があったかもしれない。

 だが人間は「想像を絶する光景を目にしたとき」には、そう表現するしかないと思う。

 地下なのに広大な空間。松明やランタンの光では、どこまで広いのか到底判別つかない。

 しかし、何より凄いのは目の前に広がる光景。

 宝の山というものを見たことがあるだろうか? その言葉を聞いて多くの人が想像するのは「大きい宝箱と、それに入りきらないくらいの金銀財宝」位のものではなかろうか。

 だがこれは違う、文字通りの「山」なのだ。

 金貨、銀貨、銅貨、白金貨に分類される様々な時代、様々な国の貨幣と、同じ材質で作られた延棒で作られた「山」。

 紅玉ルビー青玉サファイア黄玉トパーズ翠玉エメラルド金剛石ダイヤモンド等の宝石が、その山の中でそれぞれの色を放つ。

 それら宝石をあしらった装飾品もまた多い。アンクレット、ブレスレット、カメオ、ネックレスにペンダント…あれは王位を表すクラウン? それとも皇帝位を示すディアディムだろうか。

 当然だが、金目の物だけではない。

 剣、斧、槍、弓等の基本的なものから、三叉槍、太刀、薙刀、手裏剣、大鎌という一通りの訓練を受けた戦士でも滅多に見ないような様々な武器。

 エルフの持つ「真の銀」と言われるミスリルや、ドワーフしか鍛造出来ないという「真の鋼」アダマンタイトで作られたと思われる防具たち。

 巻物、薬、棒状、錫杖、杖、鏡、書物…その他、数えるのが面倒なくらい視界に映る。

 だが私達の意識を占めているのは、いま挙げた宝たちではない。

 少し考えれば分かるでしょ? こんな「この世全ての富」と言える様な宝が放置されていると思う? 有り得ないわよね。

 いま私達の目を奪っているのは、その宝の山の上で、こっちを不機嫌そうに見ている大きな…いや巨大としか言い様のない赤い竜だった。

 

「レッド・ドラゴンがむくりと起き上がり、翼を左右に広げる。そして次の瞬間、シャイン達の頭に直接「声」が響いた」

 

『我が神殿を荒らしただけでは飽き足らず、我が宝まで欲すると言うのか。その罪、万死に値する!』

『ぐっ…!』

 脳が直接圧迫されるような衝撃が走る。『私』はなんとか耐えられたようだが、チラッと周りを見ると、3人とも腰を抜かしてへたりこみ、赤竜を呆然と見ている。脂汗がすごい。

 これが竜と相対した者に降りかかる「恐怖の威圧」だということは、後に知った。

 

「え? 抵抗判定とかないの?」

 サイコロを握ってた手が寂しい。

「え? するの? 相手のレベルが難易度になるから、ひゃく…おっと、意味ないと思うけど」

 いま100って言った!?

「ちょっと龍治!? 勝てるのよね!? 戦っても大丈夫なのよね!?」

「え!?」

「え?」

 おかしい。なんか私と龍治の間に致命的な齟齬がある気がする!

「えっと、私さっき聞いたわよね?「一度引き返したほうがいいか?」って」

「うん。「詳しくは言えないけど、大丈夫」って答えたかな?」

 うん。そこまでは合ってる。

「それって「今の状態でも勝てる」って意味よね?」

「え?「全快だろうが怪我してようが関係ない」って意味だけど…」

「そっちかあああああああ!!」

 完全に真逆の理解だったようだ。

「というか、真輝ちゃんが現実でこのレッド・ドラゴンと戦うとしたら、相手は大型の旅客機くらいのサイズなんだけど、勝てるの?」 

「無理無理無理無理無理! 絶対に無理よ!!」

 首をぶんぶん振って否定する。想像するまでもない、プチっと潰されて終わりだろう。

「そうだよね、良かった」

「どこが「良い」のよ!?」

「あ、お互いの理解が深まったという意味でね?」

 ぐぬぬぬ…と、とりあえずシャインのことを考えよう。

『ほう、我が威に耐えたか。では次は、我が力に耐えられるか試してやろう。「竜の吐息」を食らうがいい!』

 竜は敵と対峙した時、まずその吐息をもって試すという。それに耐えて初めて戦う資格があるのだと。しかし、今の『私』にそんな力は無い。そもそもこの赤竜と戦う意思がない!

 『私』が望むのは仲間の無事、遺跡に住まうゴブリンの排除、そして、これからも光の神の僕として生き抜くこと!

 それらの想いが身体を走り、今にも吐息を吐こうとする赤竜を見据えて『私』の口から出たのは、

『お待ちください、偉大なる竜王よ!』

 人の言葉ではなく、神に捧げる祈りの言葉でもなく、自分でも聞き覚えの無い竜の言葉だった。

 

 絶対に勝てないと言うのなら、なんとか交渉するしかない。逃げる? 逃げようとした瞬間に全員焼き殺されるわよ!

「…逆に言うと、ここはパーティーの顔役たるシャインの見せ場ってことよね。よし、気合入れていくわよ!」

 ピンチはチャンスってね。

「さすが真輝ちゃん。具体的にはどう交渉する?」

「ん~…こっちの事情を嘘偽りなく話すわ。その上で敵対する気は無いって伝えるの。ドラゴン語でね」

 まずは誠意、そして相手に合わせる事が重要よね。外人さんと話す時、拙くても日本語で喋ってくれると好印象でしょ? それと同じよ。

「OK。ブレスを吐こうとしてたレッド・ドラゴンは、ドラゴン語で語りかけてきたシャインを見て目を見開く。どうやらかなり驚いている様だ」

 

『…! 娘、なぜ我ら竜族の言葉を知っている!?』

 赤竜も竜語で話しかけてきた。少しは興味を引けたらしい。

『私にも分かりません。ただ、貴方と話し合う為には、これで正しいと感じたのです』

 手槍と盾を捨て、少し両手を広げて語りかける。

『どうか聞いてください。確かに私達は貴方の神殿に侵入しました。しかしそれは、巣くっていたゴブリンを退治する為であり、決して貴方の寝所を荒らす気は無かったのです』

『ほぅ』

 上げていた上体を伏せ、赤竜が顔をこちらに近づけてくる。…正直言って、物凄く怖い。

『そのゴブリンも、あとはこちらに逃げてきた一匹だけ。退治させないと言うなら諦めます。上にあった宝を返せと言うなら返しましょう。ですから、どうか私達を見逃してくれませんか?』

『ふむ…』

 

「じゃあ、ここで反応判定をしようか。良い対応だったから+2していいよ?」

「てことは【魅力】の+4と合わせて+6ね? じゃあ、どんなに悪くてもいきなり襲われる事はなさそうね。ていっ(コロコロ)」

 2つの10面体サイコロは、0と8を上にして止まる。…大丈夫って時ほど高い目が出る気がするのは何でだろう?

「18だから足して24ね。これって20以上は意味無いのかしら?」

「あー…確かに数字的には意味無いけど、そうか、最高値かぁ…」

 ん? 何でそんな面倒そうな顔してるのよ?

 

 懸命に言葉を紡ぐ『私』。赤竜は怒るでなく嘲るでなく、じっとこちらを見据えて話を聞いてくれる。…むしろにこやかに笑ってる気もする。どういうこと?

『主は竜と会話出来るのか…』

『だが、竜語なぞ学び様が無いぞ? マスターはどういう出自なのだ…』

『…さすがお嬢、っていうしかねーんじゃねぇか?』

 ようやく落ち着いたのか、3人が思い思いの事を言う。

『いかがでしょう。それとも何か捧げたりした方が良いでしょうか?』

 竜と言えば生贄や貢物。人以外で、手に負える物なら良いけど…

『ん? いやいやそうではない。じゃが、もう少し話を……そうさな、しばらくここに留まらんか? 100年くらい』

 居るのはともかく、桁と単位がおかしい。

 

 なんか雰囲気が変だ。ひょっとして、また私と龍治で認識の差が有るんじゃないだろうか?

「龍治、このドラゴンの反応は何なの? 交渉成立したのよね?」

「うん、そうなんだけど…このレッド・ドラゴンがシャインを気に入り過ぎちゃったんだよね…」

「へ?」

「ドラゴン語取得の時に真輝ちゃん言ったよね?「育ての親が実はドラゴンだった」もしくは「子供の頃にドラゴンと一緒に育てられた」って」

「うん。言ったけど…?」

 大したこと言って無い…わよね? 

「シャインがドラゴン語を覚えたのを物心つく前後だとすると、言葉遣いが幼いってことだよね?」

 まあ、そうなるわね。

「で、これは裏設定なんだけど、このレッド・ドラゴンって何千年も生きてる…言ってしまえば凄いお爺ちゃんなんだ」

 あ。

「龍治、このシーンって「清楚な神官がドラゴンと神秘的な交流をしてる」んじゃなくて…」

「「頑張って難しい言葉を喋る幼児と、それを見守るお爺ちゃん」かな…?」

「やっぱりいいいいいい!!」

 頭を抱え込む私。うん、わかる! 幼稚園の学芸会で、一生懸命セリフ喋ってる幼児って可愛いし! セリフを間違えたり忘れちゃったりして泣きそうな子を見ると、頑張れーって応援したくなるわよね!

「でね? 反応判定の最高値って【友好】を通り越して【親愛】なんだ。【普通】や【友好】なら見逃して帰してあげようと思ったんだけど…」

「可愛過ぎて手元に置いておきたくなっちゃったのね…」

 教訓:過ぎたるは猶及ばざるがごとし